全国の湯治宿21選——自炊で長逗留できる療養の湯

湯治宿とふつうの温泉旅館を分けるのは、建物の中に「旅館部」とは別の棟があるかどうかだ。大沢温泉には樹齢200年以上の木を使った「自炊部・湯治屋」があり、酸ヶ湯温泉は139室を旅館棟と湯治棟に分けている。後生掛温泉、東鳴子温泉 旅館大沼、湯川温泉 髙繁旅館も同じ造りを保つ。台所と洗濯機があり、食事は自分で用意する。だから一泊ではなく、五泊、十泊という単位で泊まれる。

ここでは全国12道県から21軒を選んだ。自炊部を持つ宿、療養泉に長く浸かる宿、ぬる湯や冷鉱泉に体を慣らす宿という3つの型に分けて整理している。泉質・pH・源泉温度・かけ流しの別は、各施設の個票ページで確認できる。

この記事でわかること

  • 湯治が短期の温泉旅行と何が違うのか、宿の造りから見た定義
  • 自炊部・療養泉・ぬる湯という湯治宿3つの型と、それぞれの入り方
  • 全国12道県21軒の個票ページ(泉質・pH・源泉温度つき)
  • 営業期間・予約方法・混浴など、長逗留の前に確認すべき点

湯治とは——同じ湯に連泊して体を慣らす滞在

湯治は、療養を目的に同じ源泉へ繰り返し入る滞在を指す。観光として一泊するのとは、宿の使い方も費用の構造も違う。

制度としての裏づけもある。昭和29年(1954年)、青森の酸ヶ湯温泉は群馬の四万温泉、栃木の日光湯元温泉とともに国民保養温泉地の第1号に指定された。温泉地を保養の場として国が位置づけた最初の3か所に、八甲田山中の湯治場が入っている。

湯治場の言い伝えも、療養の場であったことを物語る。秋田の後生掛温泉には「馬で来て足駄で帰る後生掛」という古い謳い文句が残る。宮城の鎌先温泉は「傷に鎌先」「奥羽の薬湯」と称され、正長元年(1428年)に農夫が鎌の先で地面を突いて湯を掘り当てたという開湯伝承を持つ。山形の滑川温泉は宝暦13年(1763年)、米沢藩上杉家の許しを得た笹木正直が湯治場として開き、以来14代にわたって福島屋が湯守を務めてきた。

ただし温泉は薬ではない。各泉質に対して環境省の適応症が定められており、神経痛・筋肉痛・関節痛・冷え性などが挙げられている。治癒を保証するものではないため、持病がある場合は事前に医師へ相談したい。

湯治宿の3つの型

型1: 自炊部を持つ宿

台所を借りて自分で煮炊きする、いちばん古い形の湯治だ。岩手の大沢温泉 自炊部・湯治屋は、洗練された同一敷地内の旅館「山水閣」とは別に、樹齢200年以上の建物をそのまま使う棟を湯治客に開いている。宮城の東鳴子温泉 黒湯の高友旅館は、道路側の本館が旅館部、昭和52年に増築された「52年館」が自炊部の湯治棟という構成だ。

設備の中身は宿ごとに差がある。山形の肘折温泉 若松屋村井六助は自炊用の調理設備を2か所とコインランドリーを備える。鹿児島の川内高城温泉 竹屋旅館 本館は、食器類・冷蔵庫・コンロ・電子レンジ・洗濯機・洗面台をそろえた共用の炊事場を持つ。岩手の夏油温泉観光ホテルは食事の提供そのものがなく、素泊まりと自炊に特化した宿として2025年10月3日に営業を再開した。

関西と九州にも自炊湯治は残っている。和歌山の南紀白浜椿温泉 旅館しらさぎは、関西では数少ない自炊湯治に対応する宿として知られる。鹿児島の吹上温泉 中島温泉旅館は本館1階に自炊専用客室を3室持ち、自炊道具を無料で貸し出す。長野の小谷温泉 山田旅館も、湯治場としての伝統を守って自炊と長期滞在に対応している。

型2: 療養泉に体を慣らす宿

強い成分の湯へ、時間をかけて体を慣らしていく型だ。秋田の玉川温泉はpH1.2の強酸性泉で、「大噴」と呼ばれる湧出口から毎分9,000リットルが噴き出し、幅3メートルの川となって流れる。明治18年(1885年)に湯治場として開かれ、以来140年以上、全国から長期滞在の客を集めてきた。

青森の酸ヶ湯温泉はpH1.8。総ヒバ造りの大浴場「ヒバ千人風呂」は畳160枚分にあたる約260平方メートルの広さで、柱が一本もない。浴室内には「熱の湯」「四分六分の湯」「冷の湯」「鹿の湯滝」と4種類の源泉があり、温度も湯の性格も違う。

福島の微温湯温泉 旅館二階堂の湯は、浴室に掲げられた分析書で「酸性-含鉄(Ⅱ,Ⅲ)-アルミニウム-硫酸塩泉」とされる。pH2.9、源泉温度31.8℃という明礬緑礬泉で、古くから眼病の湯として知られてきた。享和3年(1803年)に二階堂家が湯の権利を取得して湯治客を迎えたのが宿の始まりで、茅葺屋根を残す3棟は2017年に国の登録有形文化財となった。

型3: ぬる湯・冷鉱泉に長く浸かる宿

熱い湯に短く入るのではなく、ぬるい湯に長く浸かる型もある。山梨の西山温泉 元湯 蓬莱館は源泉温度34〜38℃、pH9.1のアルカリ性で、動力を使わない自然湧出の湯だ。自炊設備を備えた湯治専用室があり、食事付きと自炊のどちらでも長期滞在に対応する。

岐阜の湯屋温泉 奥田屋の源泉は15.4℃の冷鉱泉である。成分総計6,451mgのうち遊離炭酸が1,947mgを占める高濃度の炭酸泉で、湯口では無色透明でピリッとする湯が、浴槽では黄褐色の濁り湯に変わる。熱交換で加温はするが加水はしない。

北海道の二股らぢうむ温泉には自炊施設がない。それでも和室53室・総定員130人の規模で、長期滞在の湯治客を受け入れてきた。敷地には炭酸カルシウムが堆積した巨大な石灰華ドームがあり、1965年に北海道の天然記念物に指定された。

掲載した21軒の選び方

条件は3つある。

  1. 宿泊できること。日帰り専用の施設は入れていない。長逗留が主題なので、泊まれない湯は対象外とした
  2. 自炊部・湯治部を持つか、湯治場としての歴史がデータに残っていること。説明文に「湯治」の語が出てくるだけの宿は外し、宿そのものの自炊設備・長期滞在プラン・湯治場としての由来が確認できるものに絞った
  3. 一つの地域に偏らせないこと。東北に湯治宿が集中するのは実態だが、北海道・関東以西・九州からも収録し、12道県に散らした

結果は21軒になった。番号順は、宿泊予約サイトでの取り扱いの広さを目安にしている。ただし掲載があっても実際には予約が通りにくい宿もあるため、後述の「泊まる前に確認すべき4点」に目を通してほしい。


1. 酸ヶ湯温泉(青森県青森市)

酸ヶ湯温泉
引用:酸ヶ湯温泉 HP
泉質
硫黄泉
含鉄泉
温度
48℃ ~ 49℃
供給
源泉かけ流し
pH値
pH 1.7
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 1000円/子供 500円
営業時間
月火水木金土日祝
07:00 - 18:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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2. 大沢温泉 自炊部・湯治屋(岩手県花巻市)

岩手県花巻市、豊沢川が刻む渓谷に一軒宿として佇む大沢温泉。その開湯は今から約1200年前の平安時代に遡るとされ、蝦夷討伐に赴いた征夷大将軍・坂上田村麻呂が矢傷をこの湯で癒やしたという伝説が語り継がれている。境内には近代的な旅館「山水閣」と、築200年を超える木造建築をそのまま使う「自炊部・湯治屋」が並び立ち、後者は今も昔ながらの湯治場の空気を色濃く残している。少年時代の宮沢賢治が信仰心の篤い父に連れられ、花巻仏教会の講習会場でもあった大沢温泉にしばしば足を運んだという逸話も、この宿の物語に厚みを与えている。 源泉は単一で、泉質はアルカリ性単純温泉(低張性)。pHは9.0前後というとろりとした肌触りのやわらかな湯で、源泉温度は約51℃、湧出量は毎分700リットルに及ぶ。神経痛や筋肉痛、関節痛、五十肩などへの効能が知られ、長期滞在で湯治を行う客が今も絶えない。主浴槽である「大沢の湯」と「薬師の湯」は源泉を活かした掛け流しが基本で、山水閣側の大型浴槽では夏場の加水や循環設備が併用されるなど、施設全体としては一部かけ流しの供給体制がとられている。 湯治屋最大の魅力は、豊沢川のせせらぎに面して開放的に広がる混浴大露天風呂「大沢の湯」だ。塀もない開けたロケーションで川面と対岸の緑を望みながら湯に浸かることができ、20時から21時までは女性専用タイムも設けられている。ほかに女性専用露天風呂「かわべの湯」、男女別内湯「薬師の湯」、山水閣の半露天風呂「豊沢の湯」なども利用でき、館内をめぐりながら異なる表情の湯を楽しめるのも湯治屋ならではの体験だ。館内には自炊のための炊事場があり、10円玉投入式のガスコンロで自由に調理できるほか、自炊をしない客のためには地元の郷土料理や十割そばを味わえる食事処「やはぎ」も用意されている。 日帰り入浴は大人700円、子供400円で7時から20時30分まで年中無休。素泊まりは4,650円からで、浴衣や羽織丹前などが別料金となる昔ながらの湯治料金体系が今も残る点も含めて、値付けそのものが湯治文化の生きた記録といえる。東北自動車道花巻南ICから車で約15分、JR花巻駅からは路線バスや送迎シャトルで約30〜40分とアクセスもよく、紅葉や新緑の季節には渓谷美と混浴大露天風呂の開放感を同時に味わえる、通年で楽しめる一軒宿である。
泉質
アルカリ性単純温泉
温度
41℃ ~ 51℃
供給
一部かけ流し
pH値
pH 9
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 700円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
07:00 - 20:30◯◯◯◯◯◯◯◯
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3. 湯川温泉 髙繁旅館(岩手県和賀郡西和賀町)

岩手県西和賀町の山あい、奥羽山脈の懐深くに抱かれた湯川温泉。その温泉街の一番奥、道が途切れる場所にひっそりと佇むのが髙繁旅館である。大正中期の創業と伝えられ、以来一世紀近くにわたり「温泉は人間の健康に貢献する」という理念を掲げ、湯治文化を大切に守り続けてきた。湯川温泉自体は「出途の湯」「中の湯」「奥の湯」という三つの源泉に恵まれた湯治場として、古くから岩手・秋田両県の人々に親しまれてきた歴史を持つ。 髙繁旅館の魅力は、なんといっても自家源泉「髙繁の湯」の豊富さにある。毎分800リットルという湧出量を誇り、源泉温度は78℃、pHは7.7の弱アルカリ性。泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩泉で、湯上がりも長く続くしっかりとした温まり感が特徴だ。源泉かけ流しを基本とした湯使いにより、汲み上げたばかりの新鮮な湯を存分に味わうことができる。館内の暖房までもがすべて温泉熱でまかなわれているというから、その湯量の豊かさは折り紙付きである。 館内には男女各4つ、計8つの浴槽が用意されている。大浴場や露天風呂に加え、ひときわ目を引くのが昭和期から受け継がれる名物「黄金風呂」だ。浴室全体が金色に輝き、恵比寿・大黒のタイル画が施された縁起物の湯船で、なんとなくご利益を感じさせてくれる。ほかにも源泉熱を利用したサウナがあり、湯めぐり感覚で多彩な浴槽を楽しめるのも髙繁旅館ならではの贅沢だ。建物は決して新しくはないが、よく掃除が行き届き清潔感があり、素朴な湯治場建築の趣が一軒宿として今も色濃く残っている。宿泊は自炊が中心の湯治部と食事付きの旅館部から選べ、地元の山の幸をふんだんに使った料理、なかでもキンキの姿焼きが評判を呼んでいる。 日帰り入浴は大人300円、子供150円で、8:00〜18:00・年中無休で利用できる。アクセスはJR北上線「ほっとゆだ駅」から予約制の乗合タクシー「湯けむりタクシー」で約10分(1名200円)、車なら秋田自動車道「湯田IC」から約15分と、都市部からも比較的訪れやすい。雪深い西和賀町だけに、静かな湯治宿らしい滞在を楽しむなら晩秋から早春にかけてがおすすめだが、豪雪期は道路状況の確認を忘れずに。周辺には湯本温泉や巣郷温泉など西和賀町内の他の湯治場も点在しており、湯めぐりの拠点としても魅力的な一軒である。
泉質
ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉
温度
40℃ ~ 78℃
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 7.7
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 300円/子供 150円
営業時間
月火水木金土日祝
08:00 - 18:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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4. 東鳴子温泉 黒湯の高友旅館(宮城県大崎市)

鳴子温泉郷の東の玄関口、東鳴子温泉の鷲ノ巣地区に、温泉好きが全国から巡礼のように訪ねてくる一軒の湯治宿がある。大正14年(1925年)創業の高友旅館である。江戸期に仙台藩主の御殿湯が置かれたこの一帯は、鳴子温泉郷のなかでも古くから湯治文化が根づいた土地で、宿は今も「黒湯の高友旅館」を名乗る。道路側の本館が旅館部、昭和52年に増築された「52年館」が自炊の湯治棟。廊下を歩けば軋む床板、色褪せた案内板、湯上がりの休憩所——時間が昭和のまま止まったような館内そのものが、この宿を訪ねる理由の半分を占めている。 もう半分は、言うまでもなく湯である。高友旅館は4本の自家源泉を持ち、そのすべてを加温も循環ろ過も消毒もせずにかけ流している。看板の混浴大浴場「黒湯」は源泉「幸の湯」を引き、泉質は含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉、源泉温度59.8℃、pH6.8、成分総計約2,396mg/kg。名前のとおり湯は暗緑色を通り越してほぼ黒に見え、浴室に踏み込んだ瞬間、タールとも重油とも表現される強烈なアブラ臭が鼻を突く。鳴子温泉郷唯一の鉄天然ラジウム泉とも紹介される湯で、湯上がりの体の温まりようは尋常ではない。女性用「ラムネ風呂」と男性用「ひょうたん風呂」は別源泉の「玉の湯」(ナトリウム-炭酸水素塩泉、49.3℃、pH6.5)で、湯温45℃前後、茶色の湯の花が舞い、肌触りはヌルヌルと明確に違う。1軒の宿のなかで源泉ごとの個性を飲み比べるように味わえるのが、この宿の贅沢である。 もっとも、本来の姿である4源泉7湯壺(混浴大浴場1室・女性用2室・男性用1室・貸切2室)がフル稼働しているとは限らない。近年は源泉の不調により、黒湯・ラムネ風呂・ひょうたん風呂の3浴室のみの営業が続き、プール風呂やもみじ風呂、家族風呂は休止している。露天風呂はなく、すべて内湯。それでも黒湯ひとつを目当てに車を走らせる価値があると言う愛好家は少なくない。日帰り入浴は10:00〜16:00、大人500円・子供250円という湯治宿らしい価格で、無料駐車場は約50台分ある。混浴の黒湯には宿泊者向けに20:00〜21:30の女性専用タイムが設けられている。 訪ねるうえで押さえておきたい実務がいくつかある。まず不定休で、宿の都合により日帰り入浴を受け付けない日がある。公式サイトはすでに消滅しており、宿泊についてはOTA(オンライン宿泊予約サイト)経由の予約ができず電話も繋がりにくい状態が続いている。つまり「行ける日に行っておく」ことがそのまま最善策になる宿である。アクセスはJR陸羽東線 鳴子御殿湯駅から徒歩3分、車なら東北自動車道 古川ICから国道47号を約40分と、秘湯の趣に反して驚くほど容易だ。アブラ臭は髪や衣類に残るため、においが気になる人は着替えを用意しておくとよい。鳴子温泉郷は紅葉の名所でもあり、10月中旬から11月上旬に鳴子峡と組み合わせて訪ねる行程が最も充実する。
泉質
含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉(硫化水素型)
ナトリウム-炭酸水素塩泉
ナトリウム・カルシウム(・マグネシウム)-炭酸水素塩泉
温度
42℃ ~ 45℃
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 6.8
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 500円/子供 250円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 16:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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5. 東鳴子温泉 いさぜん旅館(宮城県大崎市)

鳴子温泉郷は開湯1000年を超え、環境省が定める泉質分類11種のうち9種を擁する国内屈指の温泉地である。その東の入口にあたる東鳴子温泉は、江戸時代に仙台藩伊達家の御殿湯が置かれた由緒を持ちながら、歓楽街を持たない静かな自炊湯治の里として今も残る。いさぜん旅館は昭和16年(1941年)にこの地で開業した湯治宿で、JR陸羽東線鳴子御殿湯駅から徒歩わずか3〜5分、集落の平坦な道沿いに素朴な佇まいを見せている。玄関をくぐると、そこは阪神タイガース一色の世界だ。ロビーの暖簾、廊下に掲げられた金本知憲のペナント、脱衣所を埋め尽くすグッズ、そして浴室の桶と椅子までトラ柄。湯治宿の実直さと球団愛が同居する空間は、温泉好きの間で「タイガースファンの聖地」として語り継がれている。 いさぜん旅館の真価は、1軒で3種の異なる湯を味わえる湯使いにある。自家源泉「いさぜんの湯1号・2号混合泉」は42.9℃・pH7.0前後のナトリウム-炭酸水素塩泉で、ラジウムを含むことから「炭酸泉」と呼ばれる。透明感のある湯に身を沈めると毛穴が開くような感覚があり、あっさりとした肌当たりが心地よい。一方、自家源泉「いさぜん3号」に東鳴子共同管理源泉を混ぜた「鉄鉱泉」は45.1℃・pH7.2前後で、鉄分を帯びてウーロン茶のような褐色を呈し、じわじわと芯まで温めてくる。そして大浴場と露天風呂を満たす新井2号・5号混合泉は66.4℃・pH7.4のナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉で、東鳴子の代名詞である「アブラ臭」——重油やビニールを思わせる独特の香り——を放つ。この匂いこそ古代の植物層を通ってきた証であり、東鳴子を目当てに全国から湯めぐり客が訪れる理由でもある。いずれの浴槽も源泉かけ流しで、加温を必要としない高温源泉をそのまま楽しめる。 浴場構成も湯治宿らしく個性的だ。混浴内湯「いさぜんの湯」には炭酸泉と鉄鉱泉の2槽が並び、湯船を移りながら泉質の違いを肌で比べられる。男性用の大浴場「大豪寺の湯」、女性用の「ノンちゃんの湯」には露天風呂が付き、さらに貸切内湯も備わる。合わせて5つの湯船すべてが温泉という贅沢さで、館内だけで「プチ湯めぐり」が完結する。なお混浴浴槽はバスタオル巻きや湯浴み着の着用が認められていないため、抵抗のある人は男女別浴場を選ぶとよい。建物は飾り気のない昔ながらの木造で、廊下を猫が自由に行き交う。近代的な設備を求める宿ではないが、湯と時間だけがある湯治宿の空気は、ここでしか得られないものである。 実用面では、日帰り入浴は大人500円・小人300円、10:00〜18:00(情報源によって20:00までとの記載もあるため事前確認を推奨)で定休日なし。鳴子温泉郷の湯めぐりチケット2枚でも入浴できる。無料駐車場は50台分あり、東鳴子の宿としては余裕がある。宿泊は素泊まりと自炊湯治が中心で、2名税込11,000円前後から、23時間滞在プランや連泊の湯治利用にも対応する。客室には寝具に加えて鍋・食器・炊飯器・冷蔵庫が備わり、共同調理場(10分10円)でしっかり自炊できる。アクセスは東北自動車道古川ICから国道47号経由で約30分、鉄道なら古川駅から陸羽東線で鳴子御殿湯駅へ。ただし陸羽東線は本数が限られるため時刻表の確認は必須だ。ベストシーズンは紅葉が鳴子峡を彩る10月下旬から11月上旬、そして雪見と熱い湯の相性が際立つ真冬。鳴子峡や日本こけし館、隣接する鳴子温泉の共同浴場「滝の湯」との組み合わせで、東鳴子の濃い湯を軸にした湯治旅を組みたい。
泉質
ナトリウム-炭酸水素塩泉
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉
温度
42℃ ~ 45℃
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 7
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 500円/子供 300円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 18:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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6. 鎌先温泉 最上屋旅館(宮城県白石市)

鎌先温泉 最上屋旅館
引用: 鎌先温泉 最上屋旅館 HP
600年以上の歴史を持つ鎌先温泉は、「奥羽の薬湯」「傷に鎌先」として知られる湯治場。その中心的存在が、寛政元年(1789年)創業の最上屋旅館だ。 現在の本館は大正時代の建築で、木造3階建ての風格ある純和風建築。宮大工など職人の手仕事で丁寧に手入れされてきた館内は、歴史の重みと温もりを感じさせる。 温泉は鉄分を多く含んだ食塩泉で、灰色がかった薄茶色の濁り湯が特徴。「傷に鎌先」の名の通り、切り傷や火傷、手術後の回復に効能があるとされる。決して豊富とは言えない湯量だが、加水も循環もせず、昔ながらの温泉のあり方にこだわり続けている。 今でも湯治客を受け入れており、簡素ながらも清潔な自炊客室が20余室用意されている。日本の温泉文化を今に残す貴重な宿だ。
泉質
ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉
温度
36℃ ~ 42℃
供給
源泉かけ流し
pH値
pH 7.1
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 800円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
11:00 - 14:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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7. 玉川温泉(秋田県仙北市)

玉川温泉
玉川温泉
日本一の強酸性泉として知られる玉川温泉。pH1.05という強烈な酸性度を誇り、単一の湧出口からの湧出量は毎分9,000リットルと日本一を誇る。 「大噴(おおぶけ)」と呼ばれる源泉からは、98度の熱湯が轟音とともに噴き出し、その様子はまさに圧巻。世界でも珍しい塩酸を主成分とした泉質で、ラジウムを含有している。 大浴場には源泉100%浴槽や源泉50%浴槽、弱酸性浴槽など、体調に合わせて選べる多彩な浴槽を備える。また、天然の岩盤浴も有名で、地熱を利用した温泉療法を体験できる。 冬季は本館が閉鎖されるため、通年営業の新玉川温泉の利用がおすすめ。
泉質
塩化物泉
二酸化炭素泉
含鉄泉
温度
---℃ ~ 98℃
供給
源泉かけ流し
pH値
pH 1.2
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 800円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 15:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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8. 後生掛温泉(秋田県鹿角市)

後生掛温泉
後生掛温泉 - 画像 1
八幡平国立公園内、標高約1,000mに位置する後生掛温泉。「馬で来て足駄で帰る後生掛」と謳われるほど、古くから湯治効果の高い温泉として知られる。 名物は木箱から首だけ出して入る「箱蒸し風呂」。温泉の蒸気で体を温める伝統的な入浴法で、のぼせにくく発汗を促す。他にも美肌効果抜群の「泥風呂」、気泡が心地よい「火山風呂」、天然の「蒸気サウナ」など7種類の入浴法が楽しめる。 宿舎の床下に蒸気を通して暖める「オンドル構造」も特徴で、寝ているだけで湯治効果があるという。 周辺には「後生掛自然研究路」があり、泥火山や噴気口など火山活動を間近で観察できる。
泉質
単純硫黄泉
温度
42℃ ~ 88℃
供給
源泉かけ流し
pH値
pH 3.2
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 800円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
10:30 - 14:00◯×◯◯◯◯◯◯
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9. 肘折温泉 若松屋村井六助(山形県最上郡大蔵村)

山形県最上郡大蔵村、銅山川がえぐった深い谷底に肘折温泉はある。開湯は1200年前と伝わり、崖から落ちて肘を折った老僧がこの湯に浸かって傷を癒したという伝承が、そのまま地名になった。谷底の狭い平地に十数軒の宿がひしめき、湯けむりと下駄の音が絶えない光景は、今の日本ではもう数えるほどしか残っていない湯治場そのものである。若松屋村井六助は、その温泉街のほぼ中央に建つ宿だ。江戸後期からこの地で湯治客を受け入れてきた古い宿で、館内には大正12年(1923年)頃の本館を写した一枚の写真が掛かっている。春から秋にかけて早朝に立つ肘折名物の朝市は、この宿の玄関前が会場のひとつになっており、客室の窓からその賑わいを眺めることができる。 この宿を語るうえで外せないのが、自家源泉「村井源泉」の存在である。肘折温泉の宿の多くは温泉組合の共同源泉を引いているが、若松屋村井六助はおよそ60年前に館内で湧き出した独自の源泉を持つ数少ない宿だ。村井源泉は泉温43.0度、pH6.2のほぼ中性で、溶存物質総量は約1,853ミリグラム毎キログラム。ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉に分類され、鉄分と炭酸を含む。湯に身を沈めると、肌に細かな気泡がびっしりと付いてくる。舐めれば甘塩味に薄い出汁味、そして明確な炭酸味。金気はあるがきつくはなく、湯口の周りではシュワシュワと泡が立つのが目で見て分かるほどである。 浴室は男女別の大浴場が各1か所と、貸切風呂「幸の湯」が1か所という構成だ。面白いのは、この2つで湯のブレンドが違うこと。大浴場は温泉組合の2号・3号源泉に村井源泉を合わせた混合で、肘折の共同浴場に近い湯あたりになる。対する「幸の湯」は村井源泉が主体で、うっすら黄土色を帯びながらも底がはっきり見えるほど澄み、炭酸の存在感がはるかに強い。同じ宿の中で2種類の湯を飲み比べるように味わえるのは、自家源泉を持つ宿ならではの贅沢だろう。「幸の湯」という名は、当館に滞在した高松宮殿下が名付けたものと伝わる。玄関脇には源泉かけ流しの足湯が4月上旬から11月まで置かれ、朝市の帰りに足を浸していく人の姿が絶えない。 宿は客室が全14室、うちトイレ付が8室、収容30名という小さな構えである。チェックインは13時から可能で、夕食は宿泊人数に合わせた個室の会食場に用意される。女将が地元の山の幸と野菜で作る郷土料理は品数が多く、湯治宿の域を超えた評判を得ている。自炊用の調理設備が2か所とコインランドリーがあり、昔ながらの長期湯治にも対応する。1泊2食付の目安は湯治プランで7,000円台から、通常プランで12,000円前後。全館でWi-Fiが使える点も長逗留には心強い。なお日帰り入浴は公式サイトの案内により現在休止中のため、湯を味わうなら宿泊で訪れたい。アクセスはJR新庄駅から大蔵村営バス「肘折ゆけむりライン」で約55分、運賃600円。国道458号の寒河江〜肘折間は当面の間通行止めなので、車の場合も新庄経由が基本になる。肘折は国内有数の豪雪地帯で、冬は積雪が屋根に届くほど。雪に埋もれた温泉街の静けさを狙うか、朝市が立つ春から秋を選ぶかで、この宿の表情は大きく変わる。
泉質
ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉
供給
源泉かけ流し
pH値
pH 6.2
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 不可
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10. 滑川温泉 福島屋(山形県米沢市)

滑川温泉 福島屋
引用: 滑川温泉 福島屋 HP
滑川温泉の湯が見出されたのは文明8年(1476年)と伝えられる。大沢の郷士・斉藤盛房が前川を渡ろうとして岩で足を滑らせ、倒れた拍子に手に触れた石が温かかったことから、川底に湯が湧いていることを知ったという。滑って転んだ川、すなわち「滑川」という地名は、この素朴な発見譚に由来する。湯治場として体裁が整えられたのは宝暦13年(1763年)で、米沢藩主・上杉家の許しを得た笹木正直が宿を構えた。以来260年余り、福島屋は14代にわたって一軒宿の湯守を続けている。米沢八湯のひとつに数えられ、日本秘湯を守る会にも名を連ねる、山形を代表する山の湯である。 泉質は含硫黄-ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉。低張性の中性泉で、pHは7.0前後と、硫黄泉としてはめずらしく刺激の穏やかな湯質である。3本の自家源泉はいずれも動力に頼らない自然湧出で、源泉温度は下の湯が40.4℃、上の湯が53.6℃、合わせて毎分約150リットルが湧き続ける。加水も加温もせず、循環も消毒も行わない完全な源泉かけ流しで、湯船に満たされた湯は乳白色から青白色へと濁り、硫黄の香りが立ちのぼる。湯量に恵まれているため、浴槽の縁からは常に新しい湯があふれ出している。 浴場は4か所。石造りの混浴内湯「大風呂」と女性専用の内湯があり、屋外には前川の渓流を見下ろす混浴の岩露天風呂と、川べりに据えられた檜の露天風呂が配される。新緑や紅葉を背景にした乳白色の岩風呂は温泉専門誌でもたびたび取り上げられる名景で、混浴ではあるが女性専用時間が設定されている。檜風呂は宿泊客が夜間に貸切で利用できる。標高約850メートルの山中にあるため電線も水道管も届かず、宿は水力による自家発電と貯水タンクで日々の営みを支えている。客室は25室で、朝夕とも部屋食。昔ながらの自炊湯治棟も残されている。 営業は4月下旬から11月上旬までの期間限定で、冬季は道路の除雪がないため休業する。日帰り入浴は9:00〜16:00、大人700円・小学生以下350円で、タオル類は有料販売のため持参するとよい。宿泊は1泊2食付き13,700円からで、湯治棟の素泊まりなら3,200円からと幅がある。車では東北中央自動車道・米沢中央ICから約45分だが、終盤は前川沿いの崖に沿った狭い道が続くので運転には注意したい。公共交通機関ならJR奥羽本線・峠駅から車で約15分、宿泊客に限り送迎がある(要予約)。徒歩30分ほどの場所には日本の滝百選に選ばれた滑川大滝があり、新緑の5月下旬から6月、紅葉の10月が特に美しい。
泉質
含硫黄-ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉
温度
40℃ ~ 53℃
湧出
自然湧出
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 7
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 700円/子供 350円
営業時間
月火水木金土日祝
09:00 - 16:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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11. 二股らぢうむ温泉(北海道山越郡長万部町)

泉質
ラジウム泉
炭酸カルシウム泉
供給
源泉かけ流し
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 1100円/子供 500円
営業時間
月火水木金土日祝
07:00 - 19:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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12. 西山温泉 元湯 蓬莱館(山梨県南巨摩郡早川町)

南アルプスの東麓、早川に沿って車を走らせ続けた先に西山温泉はある。開湯は飛鳥時代の慶雲年間(705年頃)と伝えられ、1300年余の歴史を持つ古湯として知られる山峡の温泉地である。元湯 蓬莱館はその湯脈を受け継ぐ宿のひとつで、明治から大正にかけて日本アルプスを世界に紹介した英国人宣教師ウォルター・ウェストンが滞在した部屋を、今も館内に残している。周囲に人家はほとんどなく、あるのは渓流の音と山の斜面ばかりだ。 湯は、カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉(低張性アルカリ性温泉)である。源泉温度は34度から38度ほどで、自然湧出であるがゆえに季節によって数度の幅がある。pHは9.1のアルカリ性、湧出量は毎分18.7リットル。動力揚湯に頼らず地中から自ら湧き出す湯で、無色透明・ほとんど無臭。この湯を語るうえで欠かせないのが、黄金色からオレンジ色をした大ぶりの湯の花である。みかんの皮のようだと形容されるこの湯の花は気まぐれで、訪れるたびに会えるとは限らない。それがかえって温泉愛好家を惹きつけている。 浴室は早川渓谷に面して全面がガラス張りとなっており、内湯が2槽並ぶ。片方はやや加温された槽、もう片方は源泉そのままのぬる湯槽で、体温と大差ない湯温はいつまでも浸かっていられる心地よさだ。露天風呂はなく、湯船も装飾的ではないが、湯そのものの質で勝負する構えがはっきりしている。基本は混浴で、脱衣所は男女別。日帰り利用時には男女入替制や貸切対応となることもある。館内には明治初期の建物を含む棟が残り、自炊設備を備えた湯治専用室も健在で、往時の湯治場の空気をそのまま吸い込んでいる。 日帰り入浴は10時から15時、大人1,000円(小学生未満500円)。休憩付きなら2,500円で、ぬる湯を長時間味わうならこちらが理にかなう。宿泊は1泊2食付10,000円から17,000円、湯治利用なら自炊4,000円・食事付7,500円という価格帯で、食事は早川の山菜料理が中心となる。アクセスは中部横断自動車道 下部温泉早川ICから約45分、公共交通ではJR身延駅から早川町乗合バスで約80分だが、バスは1日4便しかない。ぬる湯の本領が発揮されるのは初夏から秋にかけてで、冬季は路面凍結にも備えたい。不定休のため、訪問前には必ず電話で確認しておきたい。
泉質
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉
温度
34℃ ~ 38℃
湧出
自然湧出
供給
源泉かけ流し
加温
加温あり
pH値
pH 9.1
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 1000円/子供 500円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 15:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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13. 湯屋温泉 奥田屋(岐阜県下呂市)

御嶽山の西麓、大洞川の清流に沿って数軒の宿が身を寄せ合う湯屋温泉は、開湯450年余りと伝えられる炭酸泉の湯治場である。下呂市の資料でも400年以上の歴史を持つ温泉地として紹介され、江戸期の文書には薬湯として記されてきた。その湯元にあたるのが奥田屋だ。胃腸を病んだ武士「奥田孫左衛門」がこの湯にたどり着き病を癒したという開湯の伝承は、宿に伝わる『温泉湯元開源由来記』に記されている。宿そのものの創業は約360年前。蔦の絡まる古い建物は決して華やかではないが、湯治場としての時間がそのまま堆積したような佇まいを保っている。 湯は含二酸化炭素-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉。数字を見れば、この湯の異様さがよく分かる。成分総計6,451mg、うち遊離炭酸が1,947mg。日本でも屈指の高濃度炭酸泉であり、源泉温度は15.4℃という冷鉱泉だ。湯口から出る瞬間は無色透明で、口に含むとピリッと舌を刺す。それが浴槽に溜まるうちに空気と触れて黄褐色へと変わり、赤い湯の花を析出させた濁り湯になる。冷泉であるため熱交換によって温度を上げているが、加水は一切なく源泉100%。投入した分はそのままオーバーフローさせる、正真正銘のかけ流しである。温泉利用(飲用)許可を受けた湯でもあり、玄関前には誰でも口をつけられる飲泉場が据えられている。野口冬人著『からだにいい飲泉 湯治の旅』で全国屈指の特選飲泉地に挙げられたのも、この湯の実力ゆえだ。 浴場は男女別の内湯が各1つのみで、露天風呂はない。だが男湯には、源泉をそのまま注ぐ冷泉槽と、熱交換で加温した川石組みの浴槽という二つの湯船が並ぶ。冷たい源泉には炭酸がそのまま溶け込んでおり、冷温交代でゆっくり入るうち、湯上がりの温まり方がまるで違ってくる。手のひらがつるつるになる湯口の感触も、この宿ならではだ。客室は全15室・定員50名の和室で、窓の下には大洞川の清流が流れる。食事は飛騨牛の朴葉みそ焼きと岩魚、そして自家栽培のそばの実をその日に挽き、打ち、茹でる三たての手打ちそば。朝食に供される炭酸泉で炊いた温泉粥は、この湯を内側から味わう一皿である。 訪ねる際に押さえておきたいのは、ここが日帰り入浴の施設ではないという点だ。公式サイトにも運営元の施設情報ページにも日帰り入浴の案内はなく、宿泊、あるいは自炊湯治で腰を据えて通うのが本来の使い方である。宿泊は1泊2食付き13,350円から、3泊以上の自炊湯治なら1泊5,430円から。共同炊事場が整備されているため、長逗留のハードルは高くない。支払いは現金のみでクレジットカードは使えず、公式ネット予約は2名以上が対象、1名の場合は電話予約となる点にも注意したい。通年営業・不定休。アクセスはJR高山本線・飛騨小坂駅から宿の送迎(要予約)が確実で、車なら中央道中津川ICから国道257号で約1時間30分。周辺には巌立峡や小坂の滝めぐりといった御嶽山麓ならではの見どころがあり、滝を歩いた後に炭酸の冷泉で身体を締める――そんな組み立てがこの宿には似合う。
泉質
含二酸化炭素-ナトリウム-炭酸水素塩泉
含二酸化炭素-ナトリウム-塩化物泉
供給
源泉かけ流し
加温
加温あり
利用
宿泊 可/日帰り 不可
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14. 南紀白浜椿温泉 旅館しらさぎ(和歌山県西牟婁郡白浜町)

和歌山県の南部、白浜の市街地から国道42号を串本方面へ10分ほど走ると、太平洋に面した静かな集落に椿温泉が現れる。江戸時代の地誌『紀伊続風土記』は、この湯を「湯小温にして水清く、性柔なり。浴するときは、あたかも身体にあぶらをそそぐ」と記した。紀州藩の武士や近郷の農家が体を癒やしに通った湯治場で、宿屋が初めて建ったのは明治35年(1902年)のことである。旅館しらさぎはその湯治文化を受け継ぐ宿として昭和29年(1954年)に創業し、七十年にわたって長期滞在の客を迎えてきた。 源泉「蓬莱湯」は単純硫黄泉で、湧出温度は31.9度。西日本有数の強アルカリ性として知られ、pHは一般に9.9とされる(宿の公式サイトは「pH10以上」、純温泉協会の実測値は9.8と、資料によって幅がある)。無色透明の湯に身を沈めると肌がぬるりとし、湯上がりにはしっとりとした感触が残る。しらさぎは加水を一切せず、循環ろ過装置も使わない。源泉が三十度台と低いため常時加温はしているが、それ以外の手を加えていないことから、純温泉協会は男湯・女湯の主浴槽を「純温泉C」——加水なし・循環ろ過なし・消毒なし・入浴剤なし、加温のみ——に認定している。 浴場は海抜60メートルの高さにあり、展望風呂の窓いっぱいに太平洋が広がる。内風呂は男女各1、これに日替わり風呂が男湯2か所・女湯3か所加わる。日替わり風呂はよもぎ、アロエ、びわの葉、みかん、柚子、木酢液、海藻、生薬などを日ごとに替えて用いる薬湯で、こちらは加温せず源泉そのままの31度。ぬるい湯に長く浸かるという湯治の作法を、いまも体験できる造りである。食事は近海の海の幸を用いた釜飯や会席が中心で、温泉水で仕立てた味噌汁など、湯治宿らしい献立が並ぶ。 宿泊は1泊2食付で8,800円前後から。素泊まり、朝食付き、2食付きの湯治プランのほか、関西では数少ない自炊湯治プランがあり、食器と調理器具を備えた共有キッチンを使って3泊から5泊の連泊で滞在できる。日帰り入浴も歓迎しており、11時から20時まで(満室時は14時まで)、大人700円・小人300円、2歳以下は無料。定休日は不定休なので、訪ねる前に電話で確認しておくと確実である。アクセスは南紀白浜ICから国道42号を約10分、公共交通機関ならJR白浜駅からバスかタクシーで約20分。JR椿駅までは予約時に申し込めば無料送迎が受けられる。駐車場は無料で22台分。
泉質
単純硫黄泉
供給
源泉かけ流し
加温
加温あり
pH値
pH 9.9
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 700円/子供 300円
営業時間
月火水木金土日祝
11:00 - 20:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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15. 妙見温泉 田島本館(鹿児島県霧島市)

鹿児島空港から車でわずか12分。天降川が刻んだ渓谷に、妙見温泉という湯治場がある。その発祥をたどると一軒の宿に行き着く。田島本館である。江戸時代の末、創始者の田島十郎次が自らの水田に湧く湯を見つけたことが妙見温泉の始まりであり、明治に入って宿として開かれた。それから約170年、この宿は観光ホテルに姿を変えることなく、湯を求めて通う人のための場所であり続けている。玄関を入るとまず囲炉裏が迎え、廊下の先には自炊棟が今も現役で稼働している。九州温泉道の認定施設でもあるが、宿の空気は認定の看板よりもずっと素朴だ。 湯は炭酸水素塩泉、旧分類でいう含土類重曹泉である。源泉温度は47℃。自家源泉から引いた湯を加温も循環もせず、管から浴槽へ直接落とす源泉かけ流しで、湯が空気に触れて酸化する時間を短く抑える造りになっている。鉄分を含むため湯は茶褐色に濁り、みかんの皮を思わせる色の湯の華がゆっくりと舞う。鼻を近づけると金気のにおいがあり、口に含むとかすかな塩味とだしのような旨みが広がる。湯上がりの肌は化粧水がいらないほどしっとりする、というのがこの宿の湯を語るときの決まり文句である。 田島本館の核心は、効能ごとに分けられた三種の湯にある。鉄分がもっとも濃い神経痛の湯は「神の湯」と称され、筋肉痛やリウマチ、肩こりに向くとされる。きず湯は41℃の適温で、切り傷や肌荒れ、湿疹に。その隣に並ぶ胃腸湯は43℃とやや熱く、名の通り胃腸の不調に用いられてきた。三つあわせて「杖いらずの湯」と呼ばれる。杖をついて来た年寄りが、湯から上がると杖を忘れて歩いて帰ってしまったという言い伝えからついた名だ。露天風呂も貸切風呂もなく、男女それぞれ内湯が二つあるだけ。シャワーは神経痛の湯にしかなく、きず湯と胃腸湯では打たせ湯を使う。スーパー銭湯的な快適さを求める場所ではないが、湯そのものの力で勝負する宿とはこういうものだという答えがここにある。 立ち寄り湯は中学生以上300円、小学生150円、幼児は無料。受付は8時30分から18時30分までで、閉門は19時。ただし浴場は二棟に分かれており、神経痛の湯と、きず湯・胃腸湯はそれぞれ300円なので、三種すべてを味わうなら600円を見ておきたい。清掃時間の11時から13時は入浴できず、神経痛湯が月・水・金、きず湯・胃腸湯が火・木・土と交替する点は事前に確認しておくとよい。宿泊は1泊2食付で12,800円から、チェックインは13時。自炊棟を使えば長期の湯治も組める。周囲10分圏内にコンビニもスーパーもないため、滞在が長くなるなら道中で買い出しを済ませておきたい。歩いて30分の和気湯、40分の犬飼滝、車で20分の嘉例川駅と、湯以外の楽しみも周囲に点在する。
泉質
ナトリウム・カルシウム(・マグネシウム)-炭酸水素塩泉
温度
41℃ ~ 43℃
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 300円/子供 150円
営業時間
月火水木金土日祝
08:30 - 19:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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16. 吹上温泉 中島温泉旅館(鹿児島県日置市)

鹿児島県日置市吹上町湯之浦。日本三大砂丘のひとつに数えられる吹上浜から車でわずか5分ほどの集落に、中島温泉旅館は建っている。この地に湧く吹上温泉は、旧称を伊作温泉といい、約500年前に農家の馬が発見したと言い伝えられてきた。なかでも当館の湯の来歴は際立っている。その昔、この湯は伊作島津家の当主・島津忠良、すなわち日新公の殿湯として使われていた。日新公は加世田征伐の際、家臣の鎌田小太郎の軍功に報いてこの温泉を与え、以来久しく「鎌田どんの湯」と呼ばれた。のちに中島家がこれを譲り受け、現在で四代を数える。維新前の伊作温泉が「地頭湯」「所湯」「打ち込み湯」と階級別に厳しく区別されていたなかで、当温泉は最上位の地頭湯に位置づけられていた。さらに西郷隆盛が明治3年、4年、7年にこの湯へ入浴したという記録が残り、小松帯刀も日記に伊作温泉を訪ねたことを書き残している。歴史の重みがそのまま湯船に沈んでいるような温泉である。 湯は硫黄泉で、低張性・アルカリ性・高温泉に分類される。pHは8.9、泉温は50.1度。特筆すべきは、源泉が旅館の敷地内に湧いているという点だ。公式サイトは「温泉は湧き出て3日で変化し、効能がなくなると言われています。つまり温泉において大切なことは、どれだけ源泉であるか」と説く。その言葉どおり、当館ではボイラーによる加温も加水も行わない。50度を超える高温の源泉を、そのまま浴槽へ注ぎ込むかけ流しである。適応症には神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、うちみ、冷え症、疲労回復といった一般適応症のほか、慢性皮膚病、慢性婦人病、切り傷、糖尿病などが挙げられている。敏感肌にも効くと評判で、西郷隆盛もその噂を聞きつけて訪れたと伝わる。 浴室は用途によって3つに分かれている。日帰り客も入れる大浴場は男女別に各1か所。古くから地元の人々を癒やしてきた湯で、日中は近隣の常連客で賑わう。宿泊者専用の貸切湯「西郷どんの湯」は、西郷が来遊したという言い伝えから石風呂を改装して命名されたもの。そして離れ「日新公の館」の利用者だけが使える「日新公の湯」は、内湯と露天を備えた広々とした造りで、チェックインからチェックアウトまで好きなときに入れる。宿そのものも独特だ。築70年を超える昭和レトロな本館を軸に、1日3組しか受け入れない。それは1組の客に「お寛ぎ」「お食事」「お布団」と3部屋を提供しているからで、宿の側が必要以上に部屋へ立ち入らないという方針の裏返しでもある。本館1階には開業当時の湯治宿の雰囲気をそのまま残した自炊専用客室が3室あり、自炊道具は無料で借りられる。昭和初期には、痛みを抱えて滞在した客が快復して置いていった杖が、倉庫に数百本も保管されていたという。 立ち寄り湯は朝6時から夜21時までと長く、大人380円、小学生150円、幼児80円という気軽さである。定休日は第1・3・5月曜日で、祝日にあたる場合は変更されることがある。駐車場は30台。アクセスは車が現実的で、鹿児島空港、JR鹿児島中央駅、九州自動車道の谷山ICのいずれからも約60分。公共交通機関ならJR伊集院駅から鹿児島交通バスで約40分、「伊作」バス停で降りてタクシーで5分ほどだ。周辺には見どころが多く、車で5分の吹上浜は日本の渚百選に選ばれた白砂と黒松の海岸、同じく5分の千本楠は樹齢800年を超える市指定天然記念物の大楠群、そして大汝牟遅神社は近年注目を集めるパワースポットである。焼酎好きなら車で10分の西酒造、20分の小正醸造も外せない。歴史の湯にじっくり浸かったあとは、南薩摩の風土を巡る一日にしたい。
泉質
硫黄泉
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 8.9
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 380円/子供 150円
営業時間
月火水木金土日祝
06:00 - 21:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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17. 川内高城温泉 竹屋旅館 本館(鹿児島県薩摩川内市)

鹿児島県薩摩川内市の山あいに、時計の針が半世紀ほど止まったような温泉街がある。川内高城温泉、読みは「せんだいたきおんせん」。宮城県の仙台とは何の関係もない、薩摩の湯治場である。その記録は鎌倉時代の『建久図帳』にまでさかのぼり、約800年前には湯が湧いていたと伝わる。明治に入ると西郷隆盛が兎狩りのたびに足を運び、湯に浸かっては囲碁に興じたという逸話が今も語り継がれている。平成2年(1990年)には日本名湯百選に選ばれた。竹屋旅館 本館は、その温泉街の入口近くに構える宿である。 湯は単純硫黄泉。掲示された分析書には「単純硫黄温泉(混合泉)」、源泉温度52.1℃、pH9.2、成分総計264.9mg/kgとある。数字だけを見れば成分の薄い湯だが、実際に身を沈めるとその印象は覆る。無色透明の湯からはかすかに硫黄が香り、肌をなでるとぬるりと絡みつく。アルカリ性の湯が皮脂を穏やかに溶かし、上がったあとの肌はしっとりと滑らかになる。地元で美人湯と呼ばれてきた所以である。温泉郷は2本の源泉を全施設で分け合い、いずれもかけ流しを守る。竹屋旅館 本館の浴槽も完全放流式で、縁から絶えず湯があふれ落ちていく。 浴室は半地下におりた男女別の内湯で、青いタイルが敷き詰められた昔ながらの造りだ。湯船は2層に仕切られ、奥の湯口側は熱く、手前はややぬるめに落ち着く。熱い湯が苦手なら手前で長くひたり、体を温めたければ奥へ移ればよい。湯治宿としての設えも本格的で、館内には食器類・冷蔵庫・コンロ・電子レンジ・洗濯機・洗面台をそろえた共用の炊事場がある。数日から数週間、自分で米を炊きながら湯に通う——かつての湯治の作法がここでは今も現役だ。素泊まりは3,850円から、客室にはエアコンとテレビ、冬にはコタツが入る。 日帰り入浴は7:30から20:20まで、大人300円・小人150円と驚くほど安い。入浴料込み1,500円の休憩利用もあり、湯と昼寝を往復するだけの一日を過ごせる。宿泊すれば夜間清掃の20:30から翌2:00を除いていつでも湯に入れるので、朝いちばんの澄んだ湯を狙いたい。アクセスはJR川内駅から北部循環バスで約40分、「竹屋前」で降りればすぐ目の前だが、便数は1日4便ほどと限られる。車なら川内駅から約30分、30台分の無料駐車場がある。団体が入ると日帰り入浴を断られることがあるため、立ち寄る前に一本電話を入れておくと確実である。
泉質
単純硫黄泉
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 9.2
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 300円/子供 150円
営業時間
月火水木金土日祝
07:30 - 20:20◯◯◯◯◯◯◯◯
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18. 東鳴子温泉 旅館大沼(宮城県大崎市)

泉質
ナトリウム-炭酸水素塩泉
ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉
温度
42℃ ~ 44℃
方式
源泉かけ流し
pH値
pH 7.2
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 500円/子供 300円
営業時間
月火水木金土日祝
11:00 - 14:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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19. 夏油温泉観光ホテル(岩手県北上市)

岩手県北上市の西端、奥羽山脈に分け入った夏油川の渓谷に湧く夏油温泉は、開湯千年ともいわれる東北屈指の古湯である。江戸時代の温泉番付では「東の大関」に数えられ、湯治客が長逗留する場として栄えてきた。その温泉郷の入口、白猿橋を渡った渓流沿いに建つのが夏油温泉観光ホテルだ。かつては旅館部と自炊部を備えた大型の湯治宿だったが、長らく休業していた。首都圏出身の2人が設立したGETO Village株式会社が施設を引き継ぎ、2025年10月3日に営業を再開した。「この温泉をなくしたくない」という思いから始まった再生である。 湯は加水も加温も一切していない完全な源泉かけ流しである。館内に引かれるのは2つの源泉で、ひとつは「白猿の湯」。カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉で、源泉温度62.3℃、湧出量は毎分約170リットルに達する低張性中性高温泉だ。もうひとつが「蛇の湯」で、こちらはナトリウム・カルシウム-塩化物泉、源泉38.3℃、pH6.4の自然湧出泉である。硫酸塩泉はしっとりと肌に馴染み、塩化物泉は湯上がりにほんのりと潮の香りと温もりを残す。性格の異なる2つの湯を同じ浴室で味わい分けられるのが、この宿ならではの贅沢だ。湯口にびっしりとこびりついた析出物が、湧き続けてきた歳月を物語る。 浴場は男女別の内湯大浴場で、夕方にのれん交換が行われるため、宿泊すれば両方の浴室に入ることができる。湯船は複数に分かれ、熱めの槽と40℃前後のぬる湯があり、長湯にも向く。渓流沿いには足元自噴の名湯「新太郎の湯」(カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉、47.8℃、pH6.8)があり、湯船の底そのものから湯が湧き上がる全国でも希少な湯として知られてきたが、露天風呂とともに安全対策工事のため2026年6月時点では使用を休止している。再開が待たれる一湯である。 宿は食事を出さない素泊まり・自炊専門の湯治宿として運営されている。素泊まりは日曜・月曜8,800円、金曜・土曜11,000円(税込、入湯税別)で、全12室。簡易自炊場と自動販売機があり、2026年からはスターリンクによる無料Wi-Fiも利用できる。ただし周辺にスーパーやコンビニはないため、食材は北上市街で買い込んでから向かいたい。日帰り入浴は大人800円、10:00〜17:00(最終受付16:00)、水曜・木曜は休館。そして最大の注意点が冬期閉鎖で、豪雪のため11月中旬から5月上旬までは道路ごと閉ざされる。訪れるならブナの新緑がまぶしい初夏か、渓谷が燃えるような紅葉に包まれる10月がよいだろう。
泉質
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉
ナトリウム・カルシウム-塩化物泉
温度
38℃ ~ 62℃
湧出
自然湧出
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 6.8
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 800円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 17:00◯◯××◯◯◯◯
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20. 微温湯温泉 旅館二階堂(福島県福島市)

福島市街から西へ約18キロ、吾妻小富士の東麓、標高約920メートルの山中に微温湯温泉 旅館二階堂はある。県道126号「微温湯街道」のどん詰まりに建つ一軒宿で、周囲に人家はない。享保年間から湧き続けると伝わる湯は古くから眼病に効く名湯として知られ、享和3年(1803年)に二階堂家が湯の権利を取得して湯治客を迎えたのが宿の始まりとされる。現在の建物は明治・大正・昭和にわたって建て継がれたもので、最も古い棟は明治5年(1872年)頃の建築。茅葺屋根を残す古家棟・中座敷棟・帳場棟の3棟は2017年に国の登録有形文化財に登録された。日本秘湯を守る会の会員宿でもある。 浴室に掲げられた分析書によれば、泉質は「酸性-含鉄(Ⅱ,Ⅲ)-アルミニウム-硫酸塩泉(低張性酸性低温泉)」、pH2.9、源泉温度31.8度。明礬緑礬泉と呼ばれる全国的にも珍しい系統の湯で、湧出量は毎分およそ194リットルとされる。特筆すべきは湯の使い方で、この温度の源泉を一切加温せず、そのまま木製の浴槽へ注ぎ込む完全かけ流しである。無色透明でかすかに金気を感じる湯は体温に近い不感温度帯にあり、肩まで沈めても冷たさに身構える必要がない。日本ぬる湯番付で東の横綱に挙げられるのも納得の湯である。 風呂は男女別の内湯のみで、露天風呂はない。6名ほどが入れる木製の源泉浴槽と、上がり湯用の小さなポリ浴槽が並ぶ。後者には「温泉ではありません」と明記されており、温泉として浸かるのはあくまで源泉浴槽のほうだ。湯口から注がれる湯の量が多く、浴槽の縁からあふれた湯が洗い場の床まで広がる。人によっては1時間ほどかけてじっくりと浸かり、最後に沸かし湯で身体を温めてから上がる。ぬる湯でありながら湯上がりに芯からぽかぽかと温まるのが、この湯の不思議なところである。 館内は昭和のまま時間が止まったような佇まいで、障子の続く廊下、軋む床、こたつとストーブの置かれた和室が往時の湯治場の空気をそのまま伝える。客室にエアコン・冷蔵庫・Wi-Fiはなく、トイレと洗面は共同。宿泊は1泊2食付12,800円のほか、素泊まり(自炊)4,585円、5泊以上の長期滞在8,070円と湯治利用にも対応する。日帰り入浴は大人700円・小人350円、9時から17時(受付16時まで)。予約は電話または日本秘湯を守る会経由となる。アクセスは福島西ICから約40分だが、県道126号の終盤3キロは狭くカーブがきついため、あづま総合運動公園の南側から広域農道を回るルートが無難である。豪雪地ゆえ営業は4月下旬から11月下旬までで、冬季は休業する。訪ねるなら新緑から紅葉までの間、時間に余裕をもって出かけたい。
泉質
含鉄(Ⅱ)-アルミニウム-硫酸塩泉
温度
31℃ ~ 33℃
湧出
自然湧出
供給
源泉かけ流し
加温
加温なし
pH値
pH 2.9
pH
0714
酸性中性アルカリ性
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 700円/子供 350円
営業時間
月火水木金土日祝
09:00 - 17:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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21. 小谷温泉 山田旅館(長野県北安曇郡小谷村)

小谷温泉 山田旅館
引用: 小谷温泉 山田旅館 HP
泉質
ナトリウム-炭酸水素塩泉
温度
42℃ ~ 44℃
供給
源泉かけ流し
利用
宿泊 可/日帰り 可
入浴料
大人 700円/子供 400円
営業時間
月火水木金土日祝
10:00 - 15:00◯◯◯◯◯◯◯◯
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湯治宿に泊まる前に確認すべき4点

営業期間——通年でない宿がある

山中の湯治宿は冬季に閉まる。福島の微温湯温泉 旅館二階堂は4月下旬から11月下旬までの期間営業で、冬は休業する。アクセスする県道126号は狭い道で、一部に未舗装や通行止めの区間が生じることがあり、公共交通の便も宿の送迎もない。標高920mの一軒宿へは自分の車で入ることになる。

予約方法——オンラインで取れない宿がある

宿泊予約サイトに載っていない湯治宿は珍しくない。東鳴子温泉 黒湯の高友旅館は、オンライン旅行会社経由の宿泊予約ができず、電話も繋がりにくい状態が続いている。公式サイトも現在は残っていない。加えて源泉の不調により、利用できる浴室が黒湯・ラムネ風呂・ひょうたん風呂の3つに限られており、不定休のため訪問前の営業確認がいる。名湯として知られる宿ほど、こうした事情を抱えていることがある。

自炊設備の中身——「自炊可」の幅は広い

同じ「自炊できる」でも、共用の炊事場に鍋釜が置いてあるだけの宿から、洗濯機まで備えて長逗留を前提にした宿まで幅がある。前掲のとおり肘折温泉 若松屋村井六助は調理設備2か所とコインランドリーを備える。川内高城温泉 竹屋旅館 本館は、食器・冷蔵庫・コンロ・電子レンジ・洗濯機のそろった共用炊事場を持つ。一方、夏油温泉観光ホテルは簡易自炊場のみで食事の提供はない。何日泊まるかを決める前に、宿ごとの設備を確認しておきたい。

混浴——名物の湯が混浴のことがある

湯治宿の看板の湯は、混浴として残っていることがある。大沢温泉の「大沢の湯」は豊沢川に面した混浴大露天風呂で、女性専用の露天風呂「かわべの湯」が別に用意されている。高友旅館の「黒湯」も混浴の大浴場だ。東鳴子温泉 旅館大沼の大浴場「薬師千人風呂」は混浴だが、女性専用の時間帯が設定されている。

地域ごとの傾向

21軒のうち13軒が東北6県に集まった。八甲田・八幡平・吾妻・蔵王・栗駒という火山帯に沿って湯治場が並び、鳴子温泉郷の東鳴子だけで3軒が入る。江戸期に伊達藩の御殿湯が置かれた東鳴子は、歓楽色のない自炊湯治の集落として今も残り、JR陸羽東線鳴子御殿湯駅から徒歩約3〜5分で宿に着く。東北の湯治宿をより広く見るなら、東北の秘湯10選が地域全体の見取り図になる。

https://www.tan-ken.com/ja/blog/dp0ubfgjgk

九州では鹿児島に3軒が集中した。妙見温泉 田島本館は江戸末期に田島十郎次が水田の湧出を見つけたことに始まる妙見温泉発祥の宿で、観光ホテル化せずに湯治場の姿を保っている。川内高城温泉は鎌倉時代の『建久図帳』に記録があり、明治期には西郷隆盛がたびたび逗留した。吹上温泉の中島温泉旅館は伊作島津家・島津忠良の殿湯を引き継いだ宿で、維新前の伊作温泉は「地頭湯」「所湯」「打ち込み湯」と階級別に湯が分かれていた。鹿児島の残る秘湯は、鹿児島県の秘湯記事に収めている。

https://www.tan-ken.com/ja/blog/2v__hzci7

山形の肘折温泉と滑川温泉、宮城の鎌先温泉と東鳴子温泉については、それぞれの県の秘湯記事でも取り上げている。

https://www.tan-ken.com/ja/blog/ds2y_mqv3

https://www.tan-ken.com/ja/blog/bsjx4i18djjd

湯治宿以外も含めた秘湯全般の入口としては、日本三大秘湯と秘湯20選が広い受け皿になる。

https://www.tan-ken.com/ja/blog/j5hf5xrd1sp

総まとめ——何日泊まるかで宿を選ぶ

滞在日数から逆算すると、宿の選び方は絞りやすくなる。

【2〜3泊で湯を試す】 鉄道で行ける宿が現実的だ。東鳴子温泉の3軒はJR陸羽東線鳴子御殿湯駅から徒歩数分にあり、湯めぐりチケットで近隣の湯へも回れる。大沢温泉 自炊部・湯治屋は花巻から、酸ヶ湯温泉は青森市街からバスで入れる。

【5泊以上の長逗留】 長期滞在プランを持つ宿を選びたい。微温湯温泉 旅館二階堂は5泊以上の長期滞在に対応し、西山温泉 元湯 蓬莱館も自炊と食事付きの両方で湯治利用を受けている。玉川温泉と後生掛温泉は湯治部が独立しており、長期滞在の客が今も多い。

【冬に行く】 山中の宿は冬季休業が入る。微温湯温泉は11月下旬で閉まり、豪雪地の湯川温泉 髙繁旅館は道路状況の確認がいる。冬に長く湯へ浸かりたいなら、鹿児島の3軒や和歌山の椿温泉といった西日本の低標高の湯治宿が候補になる。

自炊設備の有無、長期滞在プランの有無、そして予約方法は、宿ごとに大きく違う。各施設の個票ページで泉質・pH・源泉温度・かけ流しの別を確かめ、営業期間と予約手段は公式情報で最新の状態を確認したい。

よくある質問(FAQ)

Q. 湯治は何泊からを指しますか。

日数の公的な定義はない。ただし宿側の設定を見ると、微温湯温泉 旅館二階堂は5泊以上を長期滞在プランとして区分している。自炊部を持つ宿は素泊まりや自炊プランを1泊から受けることが多く、日数を延ばすほど1泊あたりの負担が下がる料金体系を取る宿もある。実際の日数と料金は各宿の公式情報で確認したい。

Q. 自炊部と旅館部はどう違いますか。

同じ宿の中で建物と料金体系が分かれている。東鳴子温泉 旅館大沼の場合、本館が旅館部で1泊2食付きのプランを扱い、湯治館が自炊部として素泊まりや自炊プランを扱う。酸ヶ湯温泉も昭和の趣を残す旅館棟と、自炊・長期滞在向けの簡素な湯治棟に分かれている。湯は同じ源泉を使うのが一般的で、違うのは食事と部屋の設えだ。

Q. 自炊のための道具は持参が必要ですか。

宿によって異なる。吹上温泉 中島温泉旅館は自炊道具を無料で貸し出しており、川内高城温泉 竹屋旅館 本館は食器類・冷蔵庫・コンロ・電子レンジを備えた共用炊事場を持つ。一方で夏油温泉観光ホテルの自炊場は簡易な設備にとどまる。食材の調達先も含め、予約時に確認するのが確実だ。

Q. 車がなくても行けますか。

行ける宿は思ったより多い。鉄道駅から歩ける代表格は東鳴子温泉の3軒で、JR陸羽東線鳴子御殿湯駅から徒歩約3〜5分だ。酸ヶ湯温泉は青森市街から、大沢温泉 自炊部・湯治屋は花巻からバスで入れる。

路線バスのある宿もある。小谷温泉 山田旅館はJR大糸線南小谷駅から村営バスで約35分、川内高城温泉 竹屋旅館 本館はJR川内駅から市の北部循環バスで約40分、肘折温泉 若松屋村井六助はJR新庄駅から大蔵村営バスで約55分、西山温泉 元湯 蓬莱館はJR身延線身延駅から早川町乗合バスで約80分(1日4便)である。二股らぢうむ温泉はJR長万部駅からタクシーで約30分だが、宿泊なら予約制の送迎がある。滑川温泉 福島屋も宿泊客にはJR奥羽本線峠駅からの無料送迎がある。

完全に車が必要なのは微温湯温泉 旅館二階堂で、公共交通の便も宿の送迎もない。

Q. 湯治宿の湯はすべて源泉かけ流しですか。

本記事の21軒はいずれも源泉かけ流しか、それに準じる湯使いをしている。ただし内訳には幅がある。大沢温泉 自炊部・湯治屋は加水と一部循環を併用し、湯屋温泉 奥田屋と西山温泉 元湯 蓬莱館は源泉が低温のため加温したうえで加水せずかけ流す。加水・加温・循環・消毒の別は施設ごとに違うため、個票ページで確認してほしい。

注意事項

  • 本記事に掲載している情報(入浴料金・営業時間・泉質データ・営業期間等)は、リサーチ時点の情報をもとに作成しています。誤りや変更が生じている可能性もあります。最新の情報については、各施設の公式サイトや観光協会等でご確認ください。
  • 温泉の適応症は環境省が泉質ごとに定めるもので、疾病の治療や治癒を保証するものではありません。持病のある方、妊娠中の方は事前に医師へご相談ください。

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