岩井温泉は平安時代に開湯したとされる山陰地方最古の温泉であり、1,200年以上の歴史を誇る。開湯伝説によれば、藤原冬久という貴族が皮膚病に苦しみ山陰を彷徨っていた折、薬師如来に似た女性に導かれて温泉を発見し、湯に浸かると「ただれた肌はたちまちもとの美しい肌に戻った」と伝えられている。冬久はその後この地に定住し、同じ皮膚病に悩む人々を救ったという。岩井屋は江戸末期に創業し、150年以上にわたり湯治客を迎え続けてきた老舗旅館である。昭和9年(1934年)の大火で温泉街の大半が焼失したが、その直後に再建された木造三階建ての建物が現在も大切に使われており、全館畳敷きの温もりある空間が訪れる者を包み込む。日本秘湯を守る会の会員宿としても知られ、静かに本物の温泉文化を守り続けている。
岩井屋の湯はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉で、pH7.1の中性、源泉温度は約47.6~50度である。特筆すべきは、全ての浴槽で加水・加温・循環を一切行わない完全な源泉かけ流しを実現していることだ。蛇口の水からシャワーに至るまで全て源泉を使用するという徹底ぶりは、全国の温泉旅館の中でも極めて珍しい。無色透明の湯は肌に柔らかく、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、慢性皮膚病などへの効能が期待される。毎分100リットルの豊かな自然湧出により、常に新鮮な湯が浴槽を満たしている。
名物の「源泉長寿の湯」は、胸まで浸かる深さ約1メートルの深い浴槽で、底に敷いた松板の下から源泉が直接湧き出すという全国的にも希少な足元湧出泉である。立って浸かる独特の入浴スタイルは、水圧による血行促進効果も期待できる。竹垣に囲まれた東屋風の「背戸の湯」では小さな露天風呂で風を感じながらの入浴が楽しめ、「祝いの湯」は落ち着いた雰囲気の中でゆったりと湯に浸かることができる。午後8時に男女入替制となるため、宿泊すれば全ての浴場を堪能できる。貸切風呂「よいまち草」(1回45分3,300円)も予約制で利用可能だ。全14室の客室は全て和室で、因幡の地の恵みを活かした郷土料理も評判が高い。
岩井温泉には「ゆかむり」という他に類を見ない入浴文化が伝承されている。手ぬぐいを頭にかぶり、専用の柄杓で湯を頭から何度もかぶりながら「ゆかむり唄」を吟じるという独特の風習で、温泉に少しでも長く浸かり効能にあやかるための数え歌が今も唄い継がれている。JR岩美駅からバスでわずか10分、鳥取駅からでも約35分と交通アクセスが良好で、浦富海岸や山陰海岸ジオパークなど周辺の観光スポットとの組み合わせも楽しめる。日帰り入浴は12:00~14:00(大人1,000円)で受け付けているが、清掃日は休業となるため事前に電話で確認することをお勧めする。