群馬県は日本有数の温泉王国として知られ、有名な草津温泉や伊香保温泉だけでなく、山あいにひっそりと佇む秘湯も数多く存在する。今回は、知る人ぞ知る群馬の秘湯10件を厳選して紹介する。野湯から歴史ある一軒宿まで、それぞれに異なる魅力を持つ温泉の数々を、客観的な情報とともにまとめた。
1. 法師温泉 長寿館(みなかみ町)
群馬県と新潟県の県境、上信越高原国立公園内に位置する法師温泉長寿館は、明治8年(1875年)創業の由緒ある一軒宿だ。国の登録有形文化財に指定されている本館は、江戸時代の旅籠を思わせる佇まいで、黒壁の木造建築と杉皮葺きの屋根が特徴的である。
宿の象徴ともいえる「法師乃湯」は明治28年(1895年)に建てられた鹿鳴館風の大浴場で、4つの湯船は湯底から湧き出る源泉で満たされている。底に敷かれた玉砂利が透けて見えるほど澄んだ湯は、まさに足元湧出温泉の真髄を体感できる。与謝野晶子や川端康成ら多くの文人墨客もこの地を訪れ、作品を残したことでも知られる。
客室は本館のほか、法師川沿いの別館、広々とした薫山荘、平成元年に建てられた法隆殿からなり、それぞれが伝統と格式を感じさせる空間となっている。夕食では上州牛や上州麦豚など地元食材を活かした料理が提供され、宿オリジナルの日本酒も楽しめる。
- 泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=複数、露天=複数
- 源泉温度:約43度
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(要確認)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
2. 尻焼温泉(川の湯)(中之条町)

尻焼温泉の「川の湯」は、長笹沢川の川底から温泉が湧き出す、関東地方を代表する野湯である。川を堰き止めて作られた巨大な露天風呂は、まさに自然が生み出した天然の温泉プールだ。
温泉名の由来は、川底から湧出している温泉で温められた石に腰を下ろして痔を治したこと、すなわち尻を焼いたことだという。約30メートル四方の広大な露天風呂は、川そのものが温泉という驚きの光景だ。
川底の至るところから温泉が湧き出ており、場所によって温度が異なる。水着着用が推奨されており、24時間無料で入浴できる。ただし、大雨や融雪等で川の水量が増えたりすると入浴ができないため、訪問時には注意が必要だ。周辺には宿泊施設もあり、じっくりと野湯体験を楽しむこともできる。
- 泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:露天風呂(川そのもの)
- 源泉温度:場所により異なる
- 加水・加温:なし(自然のまま)
- 日帰り入浴:可(24時間・無料)
- 宿泊:周辺の宿を利用
- 営業期間:通年(天候による)
3. 宝川温泉 汪泉閣(みなかみ町)
大正12年(1923年)創業の宝川温泉汪泉閣は、谷川連峰の山間に佇む一軒宿で、その最大の魅力は清流・宝川沿いに点在するスケールの大きな露天風呂群だ。
昭和15年(1940年)に誕生した広さおよそ120畳の「摩訶の湯」をはじめとして、4つの大露天風呂が造られており、すべての湯船の面積を合わせると470畳にもおよぶ。毎分1,800リットルもの源泉を贅沢に掛け流しにした乳白色の湯は、硫黄の香りが漂い、大自然の中で温泉を満喫できる。
湯あみ着を着用して楽しめる3つの混浴大露天風呂と女性専用露天風呂があり、四季折々の表情を変える自然の中で入浴する体験は格別だ。夕食には地元の山菜や川魚など、山里ならではの旬の味覚が彩り豊かに並ぶ。
- 泉質:単純温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=複数、露天=4(計470畳)
- 源泉温度:約46度
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(大人1,000円)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
4. 四万温泉 積善館(中之条町)
元禄7年(1694年)創業の積善館は、300年余りの歴史を持つ温泉旅館だ。本館は元禄4年に建てられた日本最古の木造湯宿建築と伝えられ、群馬県の重要文化財に指定されている。
昭和5年に建てられた「元禄の湯」は、国の登録有形文化財・県の近代化遺産に指定されており、大正ロマン漂うレトロモダンな雰囲気が魅力だ。大きなアーチ窓から光が差し込む空間で温泉に浸かることができる。宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のモデル宿の一つとも言われ、赤い橋が架かる風景は多くのファンを惹きつけている。
積善館は本館(湯治棟)、山荘、佳松亭の3つの館からなり、それぞれ異なる趣を持つ。本館では昔ながらの湯治体験ができ、セルフサービスを基本としている。夕食には四万温泉周辺の季節の野菜や山菜、群馬県名産のこんにゃく、お豆腐などを使用した素朴で滋味豊かな料理が提供される。
- 泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物硫酸塩温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=複数、貸切風呂あり
- 源泉温度:約56度
- 加水・加温:施設により異なる
- 日帰り入浴:可(本館は要確認)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
5. 八塩温泉 神水館(藤岡市)
昭和6年(1931年)創業の神水館は、神流川のほとりに佇む日本秘湯を守る会の会員宿だ。大正ロマンの雰囲気が漂う館内と、窓の外に広がる四季で彩り変わる日本庭園が魅力である。
八塩温泉の最大の特徴は、新生代第三期(6,500万年前~200万年前)の海水が地中に閉じ込められ、それが現在湧き出していると伝えられる「太古の海水」と呼ばれる温泉だ。源泉温度が15度と低いため、大浴場には加水・加温した温浴槽と湧出温度そのままの冷浴槽があり、温冷交代浴が楽しめる。
海のない群馬県で海水浴気分が味わえるという珍しい冷鉱泉で、塩分濃度が非常に高いのが特徴だ。夏場には冷泉に浸かるのが格別で、都心から車で約1時間半という好アクセスも魅力である。料理は八塩温泉の湯を使って調理したご飯や湯豆腐、郷土料理の数々が楽しめる。
- 泉質:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=男女各1、露天=混浴1
- 源泉温度:15度
- 加水・加温:温浴槽のみ加温あり
- 日帰り入浴:不可(宿泊のみ)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
6. 万座温泉 日進館(嬬恋村)
標高1,800メートルに位置する万座温泉日進館は、星に最も近い温泉宿として知られる。敷地内から源泉が自噴しており、毎分1,800リットル、日量540万リットルという圧倒的な湯量を誇る。
泉質は日本屈指の硫黄濃度を持つ酸性硫黄泉で、乳白色の濁り湯が特徴だ。温泉は自噴、白濁、高温、効能、かけ流しの五拍子揃った極上の温泉である。天然木造りにこだわった3つの湯処があり、特に展望露天風呂「極楽湯」は、万座の山々や満天の星空を眺めながら入浴できる絶景風呂として人気が高い。
大浴場「長寿の湯」では源泉100%の姥湯、大人数で入れる苦湯、打たせ湯が楽しめる滝湯など、6種類の浴槽が楽しめる。食事は朝夕ともバイキングスタイルで、「まごわやさしい」にこだわった和洋中40品以上のバランスメニューが提供される。
- 泉質:酸性硫黄泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=複数、露天=複数(計9つの温泉)
- 源泉温度:約80度
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(大人1,000円、10:00~17:00)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
7. 霧積温泉 金湯館(安中市)
明治17年(1884年)創業の金湯館は、上信越高原国立公園内の標高約1,200メートルに位置する秘境の一軒宿だ。群馬県と長野県(軽井沢)の県境近くにあり、かつては避暑地として栄えたが、明治末期の山津波により壊滅的な被害を受け、金湯館のみが営業を続けている。
森村誠一の推理小説「人間の証明」の舞台となったことでも知られ、館内には当時の雰囲気を残す品々が展示されている。伊藤博文や与謝野鉄幹・晶子夫妻など、多くの政治家や文化人も訪れた歴史ある温泉だ。
温泉は源泉温度約40度のぬる湯で、加水・加温なしの源泉かけ流し。硫黄の香りが漂う良質な温泉として評判が高い。駐車場から宿までは徒歩約20分(または送迎マイクロバスで約5分)という不便な立地だが、それゆえに静寂に包まれた山奥の秘湯の雰囲気を味わえる。料理は周辺で採れた山菜を使った素朴な山里料理が楽しめる。
- 泉質:カルシウム-硫酸塩温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=男女各1
- 源泉温度:約39度
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(700円、10:00~日没前)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
8. 花敷温泉 囲炉裏の御宿 花敷の湯(中之条町)
建久3年(1192年)、源頼朝が猪狩りのために訪れた際に発見したと伝えられる花敷温泉。桜の花びらが一面に敷きつめたように湯に浮かんでいたことから名付けられたという歴史ある温泉だ。若山牧水もこの地を訪れ、短歌を残している。
現在は「囲炉裏の御宿 花敷の湯」が唯一の温泉宿として営業しており、全4室限定の秘湯の一軒宿となっている。尻焼温泉から800メートルしか離れていないが、泉質は異なる。草津温泉から車で約25分という好アクセスも魅力だ。
最大の特徴は、樹齢1,000年とも言われる大木の囲炉裏の館で楽しむ囲炉裏深山懐石料理だ。四季折々の山の幸、渓流の幸を使った素朴ながら真心込めた料理が提供される。温泉は源泉掛け流しで、露天風呂、内湯、貸切風呂が完備されている。
- 泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=男女各1、露天=1、貸切露天=1
- 源泉温度:約50度
- 加水・加温:加温あり(冬季)
- 日帰り入浴:不可
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
9. ガラメキ温泉(野湯)(榛東村)
榛名山中の標高約1,300メートルに位置する、かつて温泉旅館があった場所に湧く野湯だ。明治31年に地元住民により開発され、明治から大正期にかけては避暑地として栄えたが、戦後に自衛隊基地建設のため土地が接収され、建物は取り壊された。
長らく荒れ果てていたが、有志の方々により整備され、土砂に埋まっていた源泉が入浴できるように復旧された。現在は土管が縦に地面に埋められており、その中が湯船となっている独特な構造だ。
温泉は川の水と混ざっており、体感温度は約30度程度。夏場に訪れるのがおすすめだ。アクセスは県道28号線の途中にある登山口から徒歩約1時間。林道を歩くが、土砂崩れで道が崩落している箇所や川を渡る必要があるため、ある程度山歩きに慣れた人向けの野湯といえる。旅館跡地には石垣や石碑、祠が残り、ノスタルジックな雰囲気が漂う。
- 泉質:ナトリウム-塩化物泉(推定)
- 源泉かけ流し(自然湧出)
- 浴槽:野湯(土管)
- 源泉温度:約30度(川の水と混合)
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(無料・24時間)
- 宿泊:不可
- 営業期間:通年(天候・道路状況による)
10. 鹿沢温泉 紅葉館(嬬恋村)
標高1,500メートルの高所に位置する鹿沢温泉は、650年頃に猟師に追われた鹿が傷を癒したことが開湯の始まりと伝えられる。江戸から大正期にかけては湯治場として大変賑わったが、大正7年の火事で温泉街が壊滅し、紅葉館のみが鹿沢温泉に残った。
紅葉館は日本秘湯を守る会にも属する一軒宿で、2013年に伝統を大切にしつつ建物をリニューアルした。国指定天然記念物「湯の丸レンゲツツジ群落」とカラマツ林に囲まれた静かな環境で、100パーセント天然の温泉は加水・加温なしの源泉かけ流しを守り続けている。
鹿沢温泉は「雪山賛歌」発祥の地としても知られる。温泉は炭酸水素塩泉で、やさしい湯触りと抜群の効能が特徴だ。胃腸病、冷え性、神経痛などに効果があるとされる。周辺には湯の丸山や高峰高原などのハイキングコースもあり、登山客にも人気が高い。
- 泉質:マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=男女各1、露天=あり
- 源泉温度:約44度
- 加水・加温:なし
- 日帰り入浴:可(10:00~16:00、要確認)
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
まとめ
群馬県には、これらの秘湯以外にも数多くの温泉が点在している。野湯から歴史ある老舗旅館まで、それぞれに異なる魅力を持つ温泉の数々は、温泉好きにとって尽きない探求の対象だ。
秘湯を訪れる際は、事前に営業状況や道路状況を確認することをおすすめする。特に野湯や山奥の一軒宿は、天候や季節により状況が大きく変わることがある。また、野湯を利用する際は、マナーを守り、自然環境を大切にすることが重要だ。
情報はリサーチした時点での最新の情報ではあるが、誤りなどがある可能性もあり、最新の情報は各施設の公式サイトなどを確認いただきたい。