福島県は全国でも有数の温泉大国であり、特に秘湯の宝庫として知られている。磐梯朝日国立公園や日光国立公園に囲まれた山間部には、野湯から歴史ある一軒宿まで、多彩な温泉が点在する。今回は、福島県内の秘湯を10件厳選して紹介する。
1. 沼尻温泉 元湯(猪苗代町)

安達太良山の中腹、標高約1250メートルに位置する沼尻元湯は、単一の源泉としては日本一の湧出量を誇る野湯だ。その湧出量は毎分13,400リットルにも及び、江戸時代の1751年(宝暦元年)に開湯した270年以上の歴史を持つ。
最大の特徴は、川そのものが温泉になっている圧巻の光景である。あちこちに天然の湯船が点在し、野湯のパラダイスと呼ぶにふさわしい。泉質は酸性-カルシウム・アルミニウム-硫酸・塩化物泉で、pH1.7〜2.1とレモンに匹敵する強酸性だ。湯の花も大量に採取され、他の温泉地にも出荷されている。
かつては有毒な硫化水素ガスの発生により立入禁止となっていたが、2020年からは地元温泉組合が安全対策をした「エクストリーム温泉体験ツアー」を企画し、ガイドツアーに参加すれば訪問できるようになった。
- 泉質:酸性-カルシウム・アルミニウム-硫酸・塩化物泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:野湯(天然の湯船が複数)
- 源泉温度:約80度
- pH:1.7〜2.1
- 日帰り入浴:可(ガイドツアー参加が必須)
- 宿泊:不可(野湯のため。周辺に沼尻温泉の宿あり)
- 営業期間:6月上旬〜11月上旬(エクストリーム温泉ツアー開催期間)
- ツアー料金:人数により異なる(要問合せ)
- 問合せ:cafe&activity nowhere(TEL:0242-93-7081)
2. 木賊温泉 岩風呂(南会津町)
南会津町の西根川渓谷に位置する木賊温泉は、約1000年前に発見されたと伝えられる秘湯だ。その名は植物の木賊が群生していたことに由来する。
最大の特徴は、川床から湧き出る露天岩風呂である。岩を掘った浴槽からは足元から約45度の温泉がこんこんと湧き出ており、空気に触れることなく源泉100%に浸かれることから、温泉マニアの間では「一生に一度は訪れたい秘湯」とされている。清流のせせらぎを聞きながら、四季折々の自然とともに心と体を癒すことができる。
岩風呂は過去に何度も台風による被害で流されたが、その度に全国の温泉ファンから寄付が寄せられ建て直されてきた。それほど愛される温泉だ。
- 泉質:単純硫黄泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:岩風呂(野湯)
- 源泉温度:45度
- 営業時間:24時間
- 日帰り入浴:可(無料)
- 宿泊:周辺に旅館・民宿あり(木賊温泉 井筒屋など)
- 営業期間:4月1日〜12月31日(冬季閉鎖)
3. 二岐温泉 大丸あすなろ荘(天栄村)
福島県岩瀬郡天栄村の標高800メートルに位置する二岐温泉は、平安時代の安和2年(969年)に開湯した歴史ある温泉だ。「秘湯」という言葉が誕生した温泉地としても知られ、大丸あすなろ荘の館主は日本秘湯を守る会の名誉会長を務める。
最大の名物は、自噴泉甌穴(おうけつ)風呂である。昔川底だった岩盤から源泉が直接噴出する珍しい湯船で、宿泊者は時間帯を区切って男女交代で入浴できる。二俣川の渓流沿いには男女別の露天風呂も完備されており、ブナの原生林に囲まれた野趣あふれる空間で、極上の源泉かけ流しを堪能できる。
夕食は地元の山菜や川魚をふんだんに使った郷土料理が中心で、自然回帰型の旅を楽しめる。
- 泉質:単純温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=3、自噴泉岩風呂=1
- 源泉温度:58度
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:可(大人800円)11:00〜14:30
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
4. 高湯温泉 安達屋(福島市)
標高750メートルの山間にひっそりと佇む高湯温泉は、開湯400年以上の歴史を誇り、山形の蔵王温泉、白布温泉とともに「奥州三高湯」に数えられる。全国でも珍しい高濃度の硫黄泉が湧き出ることで知られ、じゃらん温泉地満足度ランキングでは何度も全国一位を獲得している。
安達屋は高湯温泉最古の老舗旅館で、2025年7月に大浴場のリニューアルを完了した。名物の大露天風呂「大気の湯」は川のような形をしており、うたせ湯、寝湯、洞窟風呂が楽しめる。2024年には2つのラウンジも新設され、滞在中はドリンクなどを楽しむことができる。
夕食は囲炉裏端で山海の幸を焼きながら楽しむコース料理で、総料理長は「ソムリエ」と「唎酒師」の資格を持ち、料理とのペアリングにも深いこだわりがある。
- 泉質:含硫黄-カルシウム・アルミニウム-硫酸塩温泉(硫化水素型)
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、大露天風呂=2(男女入替制)、貸切露天=2、貸切内湯=1
- 源泉温度:46.3度
- pH:2.7
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:2025年4月頃まで工事のため休止
- 宿泊:可(中学生以上のみ)
- 営業期間:通年営業
5. 高湯温泉 玉子湯(福島市)
同じく高湯温泉の秘湯である玉子湯は、明治元年(1868年)創業の老舗旅館だ。温泉に入ると肌が玉子のように滑らかになることと、匂いがゆで卵に似ていることから名づけられた。
庭園には創業当時の趣を残した茅葺き湯小屋があり、150年の歴史を感じさせる。400年絶え間なく自然湧出し続ける白濁の源泉を、7つの湯処で堪能できる。加水・加温を一切行わず、100%源泉かけ流しにこだわっている。
高湯温泉は戦後の高度経済成長期にも「一切の鳴り物を禁ず」と自らに課し、古来の湯治場の佇まいを護り続けてきた。その姿勢が現在の恵みに繋がっている。
- 泉質:酸性・含硫黄(硫化水素型)アルミニウム・カルシウム硫酸塩温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=5
- 源泉温度:44度
- pH:2.8
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:可(大人1,000円)10:00〜15:00
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
6. 幕川温泉 水戸屋旅館(福島市)
福島県磐梯朝日国立公園、吾妻山の中腹、標高約1300メートルに位置する幕川温泉は、明治24年(1891年)創業の秘湯だ。日本秘湯を守る会の会員でもある。
二本の源泉を備え、内湯は「単純泉」、離れた場所にある露天風呂「さえりの湯」は「単純硫黄泉」と、泉質の異なる二つの温泉を一度に楽しむことができる。特に人気が高いのが渓流沿いの「さえりの湯」で、青みがかった乳白色の湯が美しい源泉かけ流しだ。
ブナの原生林に囲まれ、人の手が入らない大自然の宝庫である。自然の渓流と直結した池にはヤマメ・イワナ・鯉などが放流され、朝は硫黄の香りで目覚める。
- 泉質:単純温泉、単純硫黄泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=2
- 源泉温度:44.9度、72.5度
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:可(大人600円)
- 宿泊:可
- 営業期間:4月下旬〜11月中旬(冬季休業)
7. 鷲倉温泉 高原旅館(福島市)
標高1230メートルの高所に位置する鷲倉温泉は、福島県内で最も涼しい場所の一つとされ、夏でも福島市内より10度ほど気温が低い。日本秘湯を守る会の会員宿である。
最大の特徴は、酸性緑礬泉と弱硫黄泉という二種類の異なる泉質を持つことだ。酸性緑礬泉は薄い赤褐色で「薬湯」とも呼ばれ、古くから胃腸、神経痛の名湯として親しまれてきた。飲泉所も設けられている。一方、弱硫黄泉は湯の花が豊富な乳白色で、お肌に優しい柔らかさがある。
早朝には雲海が見える日もあり、湯浴み客の目を楽しませてくれる。温泉よし、食事よし、建物きれい、スタッフよしと、バランスの取れた秘湯宿だ。
- 泉質:酸性緑礬泉、弱硫黄泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=2
- 源泉温度:50度、71度
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:可(大人800円)
- 宿泊:可
- 営業期間:4月中旬〜11月下旬(冬季休業)
8. 甲子温泉 旅館大黒屋(西郷村)
日光国立公園内、標高約900メートルの阿武隈川源流に佇む甲子温泉は、白河藩主松平定信公が愛した奥甲子の一軒宿だ。日本秘湯を守る会の会員で、平成21年に新築した本館と、松平定信公が愛した木造の離れがある。
名物は、天然岩盤をくり抜いた長さ15メートル、幅5メートル、深さ約1〜1.2メートルの「大岩風呂」である。立って入る珍しい湯船で、ブナの原生林が育む清流に囲まれた秘境で、源泉そのままの温泉にゆっくりとつかることができる。
すべての湯船が加水・加温・循環なしの源泉かけ流しにこだわっている。
- 泉質:単純温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=2、大岩風呂=1
- 源泉温度:60度
- 加水・加温・循環なし
- 日帰り入浴:可(大人700円)10:00〜15:00
- 宿泊:可
- 営業期間:通年営業
9. 中ノ沢温泉 御宿万葉亭(猪苗代町)
安達太良山の西麓、標高1000メートルの高原に位置する中ノ沢温泉は、約380年前の文禄年間に開湯した。源泉は沼尻元湯と同じ安達太良山の噴火口近くから湧く「沼尻元湯」で、毎分13,400リットルという単一の源泉としては日本一の湧出量を誇る。
御宿万葉亭は、この地で創業130年の小川屋旅館の別館として平成3年に営業を始めた、16歳以上の方のみが利用できる大人専用の宿だ。温泉街から離れ、目の前には原生林が広がり、聞こえてくるのは野鳥のさえずりと沢音だけという静寂の空間である。
泉質は酸性の硫黄泉で、pH1.7〜2.1とレモンのような酸性の湯だが、長大なパイプの中で揉まれて届くため肌あたりはシルクのようだ。総木造りの大浴場はヒノキの香りが広がり、併設する露天風呂からは遮るもののない眺めが自慢である。
- 泉質:酸性泉(硫黄泉)
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=2、貸切半露天=1
- 源泉温度:約50度
- 加水・加温なし
- 日帰り入浴:不可
- 宿泊:可(16歳以上のみ)
- 営業期間:通年営業
10. 尾瀬檜枝岐温泉 燧の湯(檜枝岐村)
福島県最南端に位置する檜枝岐村は「日本最後の秘境」とも称される静かな山里だ。尾瀬の玄関口でもあり、燧の湯は3つある公衆浴場の中で唯一、源泉かけ流しの日帰り温泉である。
舟岐川を見下ろす高台に建ち、専用の単純硫黄泉の源泉を贅沢にかけ流しで使用している。屋内浴場と露天風呂の両方が完備されており、四季折々の檜枝岐村の表情を眺めながらゆっくり過ごすことができる。
平成11年に建てられた施設は清掃が行き届いており、高級リゾートホテルのような雰囲気の良い浴室が特徴だ。尾瀬や会津駒ヶ岳の登山後に立ち寄る温泉として、多くの登山客に愛されている。
- 泉質:単純硫黄温泉
- 源泉かけ流し
- 浴槽:内湯=2、露天=2
- 源泉温度:62.4度
- pH:9.1
- 加水・加温なし、塩素消毒なし(清掃時のみ使用)
- 日帰り入浴:可(大人500円)6:00〜21:00
- 宿泊:周辺に旅館・民宿あり(旅館ひのえまたなど)
- 営業期間:通年営業(火曜日午前中は清掃)
まとめ
福島県の秘湯は、野湯から宿泊可能な一軒宿まで、多彩な魅力を持つ。いずれも加水・加温を一切行わない源泉かけ流しにこだわり、自然と一体となった温泉体験を提供してくれる。
日常の喧騒を離れ、ブナの原生林に囲まれた山間の秘湯で、心と体を癒す旅に出かけてみてはいかがだろうか。
注意事項
- 情報はリサーチした時点での最新の情報ではありますが、誤りなどがある可能性もあり、最新の情報は公式サイトなどを確認ください。
- 冬季休業の施設が多いため、訪問前に必ず営業状況を確認してください。
- 日帰り入浴の時間や料金は変更される場合があります。
- 野湯(岩風呂、沼尻元湯)は天候や水量により入浴できない場合があります。特に沼尻元湯は有毒な硫化水素ガスが発生する危険な場所であり、必ずガイドツアーに参加してください。個人での訪問は大変危険です。